ご挨拶
院長のご挨拶
心がけているのは、「患者さんを中心とした医療」を行うこと。
梶山医院は、1963年(昭和38年)、福岡・春吉の地に父が開業して以来、地域医療を担う“町のお医者さん”として歩んできました。
私は2004年(平成16年)に当院を継承し、町医者として内科、小児科を中心とした診療を続けています。
町医者(=かかりつけ医)として心がけているのは、患者さんを中心とした医療を行うことです。一人一人の患者さんに興味を持ち、その人達自身についてもっと多くのことを知るため、問診や診療に時間をかけて、それぞれの方により適した医療を選びたいと思っています。それには多少時間がかかりますが、患者さんを中心とした医療には必要なことだと考えています。
父は当院を開業して以降、長く地域医療に勤しみ、私はその姿を見ながら育ってきました。その中で、「医師は社会にとって必要な仕事で、やりがいのある仕事なのだ」と感じるようになりました。また、医学は私自身にとって興味深い学問でもあったため、大学進学にあたり医師を志しました。
水泳部に6年間所属し、1981年に九州大学医学部を卒業して、九州大学医学部第一内科に入局しました。
第一内科では人間関係にも恵まれ、患者さんの全身を診て考えることの大切さを学びました。また、臨床のための研究・研究を活かす臨床についても学びました。
梶山医院で町医者として診療を行うようになってからは、これまでに在籍した医療機関や研究施設で得た知識や考え方を地域医療に役立てて、患者さんのために活用していきたいという思いでいます。大病院とは異なりCTやMRIなどの機械はありませんが、患者さんのために行うという「医療としての基本は変わらない」と考え、気軽に相談できる町医者として診療を行っています。
また、当院で十分な対応ができない場合には、病状に応じて適切な医療機関へ積極的にご紹介しています。
そのため、機関病院とは密接な関係を保ち、病診連携に勤めています。
2011年(平成23年)からは、九州大学医学部5年生に対し、地域医療の現場に触れて理解してもらうため、地域医療教育の臨床実習も行っています。
2017年(平成29年)に建築した5階建ての建物には入院、リハビリ施設も備えています。3・4・5階の介護保健施設とも常に連携をとりながら、地域に密着した医療に取り組んでいます。
問診の際にはコミュニケーションを綿密に、的確に。
当院は内科・小児科を中心として診療を行っていることもあり、乳児から高齢者まで幅広い年齢層の患者さんが受診されます。
それぞれの患者さんには、異なった疾患があり、異なった身体・精神的特徴を持っておられます。そのため、同じ言葉で表される症状でも同じ状態ではなく、対策も同じではありません。長期間にわたり通われている患者さんもおられますが、同じ方でも年齢を重ねるとともに身体・精神の状況に変化があり、同じ状態でいることはありません。
つまり、患者さんは一人一人、その時々で異なっているため、マニュアル通りの同じような対策はできないのです。
まず、その時の状態を把握・理解することが大切ですので、丁寧な問診や診察を行って、できるだけ多くの情報を取得したいと思っています。どうしても手間がかかり、時間が必要ですが、病状をよく理解し、それに基づいて治療を行いたいと考えています。
もちろん、常に正確な状況判断ができる訳ではなく、むしろ分からない事の方が多い場合がほとんどです。だからこそ、問診の際にはコミュニケーションを大切にし、注意深い診察を行い、推理や想像を駆使して、経過や状態を正確に想定することを心がけています。
一見、関係なさそうなことを伺うこともあり、自覚症状とは関連が分かりにくい診察をすることもありますが、このような理由がありますので、ご協力をお願いしたいと思います。
来院される際には、気になる症状や、その経過について、落ち着いて話していただければ幸いです。それぞれの方が当院へ来院された理由や、当院での対処に関する希望について、出来るだけ正しく知ることが大切だと思っています。
例えばタバコ・アルコール・食事・運動・睡眠パターン・内服や注射などについて、したいこと・したくないこと、できること・できないこと、頑張りたい事・頑張りたくない事は、人生観や、生活・嗜好上等の理由からそれぞれの方で違うはずです。それらについてお話ししていただければ、より効果的な対策を協力して考えていけるのではないかと思います。
“病気は治すもの”ではなく、“病気が治るように”、患者さん、医師、医療スタッフによる共同作業を行い、考えていくものだと当院では考えています。
当院が考える医療を行っていくためには、患者さんとのコミュニケーションを円滑にして、信頼関係を築いていくことが必要です。そのため、患者さんが不安なく来院できるような雰囲気づくりも心がけています。
空間においては、患者さんが少しでもリラックスできるよう、院内に梶の葉をモチーフにしたホスピタルアートを取り入れました。また、自宅のようにホッとできるよう、患者さんへの声かけや説明を大切にしています。もちろん、看護師、検査技師、受付などすべてのスタッフが同じ方向を向いて取り組んでいけるよう、常に細やかな情報の共有も行っています。
「地域の健康を支えるパートナー」として
医療の進歩とともに人々の寿命も延び、現在では人生100年時代と呼ばれています。
人々が社会的生活を営みながら医療を受けるという地域医療が、ますます重要な使命を持つようになってきました。地域医療の担い手として重要な役割を持つ町医者ですが、さらに、予防医学・保健指導にも大きな役割があります。そのため、地域のみなさんにとって当院がもっと日常的な存在で、ストレスなく気軽に来院していただける「地域の健康を支えるパートナー」でありたいと考えています。
勿論私一人の力では、このような役割を全うすることはできません。私の考える医療を理解して実践できる医療スタッフの力が不可欠です。皆で知恵を出し、視点を共有し、より良い地域医療をチームでつくり上げたいと考えています。
院長経歴
昭和56年3月 | 九州大学医学部卒業 |
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昭和56年6月〜 昭和57年5月 |
九州大学医学部付属病院 勤務 |
昭和57年6月〜 昭和58年5月 |
山口県下関市立中央病院 勤務 |
昭和60年8月〜 昭和60年12月 |
福岡市立こども病院 勤務 |
昭和62年1月〜 昭和62年4月 |
九州大学医学部付属病院 勤務(助手) |
昭和62年5月 〜 平成3年5月 |
医療法人原三信病院 勤務 |
平成3年5月〜 平成8年6月 |
アメリカ国立衛生研究所 勤務(ビジティング・アソシエイト) 狂犬病&エイズの研究 |
平成8年7月〜 平成13年4月 |
原土井病院 勤務(内科部長) |
平成16年4月〜 | 医療法人梶山医院(理事長) |
平成23年4月〜 | 九州大学医学部 臨床教授 |
副院長のご挨拶
患者さんに寄り添う看護
“患者さんに寄り添う看護”をしたいという純粋な気持ちで6年間の臨床を経験した後、結婚を機に一旦現場を離れ、出産・子育てに専念しました。
その後、夫が梶山医院を継承したことに伴い、現場へ復帰し早15年が経ちました。
ここに、看護職に戻る機会を与えていただいたスタッフの皆様並びに院長に深く感謝いたします。
私の役割は、院長の考える"患者さん中心の医療"を実現するために、外来・入院・在宅で"患者さんに尽くす暖かい看護"を実践することと考えています。時には、患者さんの思いを代弁し、院長や周囲の人に伝え理解していただくことも必要なことだと思います。
より良いチーム医療を行うためには、患者さんが主役に立つことだと考えます。それぞれの患者さんが良い人生・良い時間を過ごせるよう、何が一番大切なのかを理解していきたいと思います。
また、スタッフ全員が豊かな人間性と向上心を持って、自分の考えを深め、自分の言葉で表現できるよう努力していきます。
春吉地区の皆様に必要とされる梶山医院に
今後、より一層春吉地区の皆様に愛され必要とされる梶山医院でありたいと思っています。そのためには、スタッフがいつまでも笑顔で働ける環境を整え、細やかな気配りをすることが私の重要な使命だと痛感しております。
私自身、初心を忘れることなく、皆様の信頼と期待に応えられるよう、前向きに精進していきますので、どうぞよろしくお願い致します。